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下天のうち(1) [巻之一契機]

 2001年の3月、大川功氏が東京・新宿の病院で心不全のため死去。74歳だった。大阪計算代行、日本計算センターを経てコンピューターサービスを設立し、創業14年にしてソフト業として初めて株式を上場した。

 よかれ悪しかれ、同氏の“語り継ぐ経営”が全国に散った弟子たちに受け継がれ、実践されている。経営指針を示し、あるいは個性を訴えるための著作は数多いが、客観的な評価はまだ世にない。
 2002年8月、北川宗助氏が亡くなった。黒澤商店、日本ワットソン統計会計機械、統計研究所、連合軍総司令部の戦略爆撃調査団、在地米軍立川基地、日本ビジネス、日本ビジネスコンサルタント、日本情報開発という一生を通じて、この人物について語る書籍は自身が口述した『情報産業・この道六十年』でしかない。同氏のもとから巣立って行った多くの人々が参集し、命日を期して「偲ぶ会」を催している。
 2003年の1月、水野幸男氏が胃がんのため世を去った。日本電気のコンピュータ事業に草創期から参加し、情報処理営業計画本部長、コンピュータ支配人兼基本ソフトウェア開発本部長・情報処理営業計画本部長を経て同社代表取締役副社長。ソフトウェア工学の第一人者でもあった。インターネットで検索すると80件以上のヒットがあるが、事績を伝えるのは『パイオニア紹』(http://www.ipsj.or.jp/katsudou/museum/pioneer/mizuno.html)のみである。
 2004年4月28日、TDCソフトウェアエンジニアリングの社主である野﨑克己氏が亡くなった。このことは前節で書いた。


【補注】


『パイオニア紹介』
 http://www.ipsj.or.jp/katsudou/museum/pioneer/pioneer.html
 情報処理学会が作成している。その選考対象は同学会の会長もしくは学会活動に貢献した人物であって、2004年8月現在、掲載されているのは次の各氏である。
 相磯秀雄、安藤馨、天羽浩平、雨宮綾夫、猪瀬博、飯島泰蔵、池田敏雄、池野信一、石井治、石井善昭、浦城恒雄、榎本肇、尾関雅則、尾見半左右、大泉充郎、大島信太郎、大野豊、岡崎文次、金田弘、萱島與三、喜安善市、岸上利秋、北原安定、清野武、小林大祐、後藤英一、後藤以紀、駒宮安男、坂井利之、塩川新助、嶋利男、城憲三、末包良太、清宮博、高崎勲、高島堅助、高田昇平、高橋茂、高橋秀俊、出川雄二郎、戸田巌、中澤喜三郎、中嶋章、西野博二、野口正一、萩原宏、渕一博、穂坂衛、松崎磯一、松下重悳、三浦武雄、水野幸男、三田繁、南沢宣郎、宮城嘉男、村田健郎、室賀三郎、元岡達、森口繁一、安井裕、山下英男、山内二郎、山田博、山本欣子、山本卓眞、和田英一、和田弘。
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