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拡大する矛盾(4) [卷之六游魚]

 井上が描いた景気回復のシナリオは、次のようなものだった。

 ① まず、緊縮財政/軍備費削減によって重工業、繊維産業の不況は一時的に深刻さを増す。
 ② それによって、倒産や企業合併が進み、失業者も一時的に増加する。
 ③ しかし企業が淘汰され、資本の集約が促される。
 ④ 並行して賃金の抑制と圧縮が進み、生産原価が低減する。
 ⑤ 結果として日本製品の国際競争力が増す。

 だが彼は、重大なことを見落としていた。
 それは、世界規模のマネーサプライないしマネーフローである。
 金本位制を導入するのが日本だけであれば、国際的な円の信用力は向上するに違いない。また国内金融機関への信頼感も高まり、海外からの投資(もしくは円買いに伴う外貨準備)と預貯金が増し、その資金が産業界に低利で還流すれば投資に弾みがつく。だが彼は、アメリカの経済状況の分析を怠った――というより、楽観的であり過ぎた。その1か月前、ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落していたが、彼はそれほど重大に受け取らなかった。むしろ次の年の1月にロンドンで開かれる海軍軍縮会議に大きな期待を抱いていた。
 金解禁が実施されると、為替レートは百円=49ドル85セントの固定制となり、円は14%以上切り上げられることになった。それまで金解禁が近いと見てドル売り・円買いの動きを強めていた国内外の投機筋は、一転して円売り・ドル買いの利食いに走った。円を持っていれば、持っているというだけで14%もの損を被るのである。
 このため1930年1月から6月までの半年で、2億3000万円の金が海外に流失した。1930年の1年間だけで3億円――日銀準備高の3割――相当の正貨が海外に流出し、なおその勢いを失っていなかった。翌1931年9月21日、金本位制の”本家”であるイギリスが日本とは反対に
 ――金の輸出を禁止する。
 と発表した。
 すると今度はポンドを売ってドルを買う動きが世界的に強まった。国内の財閥はドル売りによる差益に目が眩んだ。手持ちの円をドルに換え、それを海外の機関投資家に売ったのだ。
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