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和洋折衷(2) [巻之四曙光]

 このようにいうと、読者の中には
 「教科書で習った日本史では、水稲耕作をもって弥生の始まりとしているではないか」
 と反論する向きもあるに違いない。
 しからば、炭化米を伴出した最も古い生活遺跡が青森県に存在し、縄文時代のコメが確認されているという事実をどのように説明するかである。もし水稲の出現を条件とすれば、青森県は紀元前7世紀に弥生時代を迎えていたことになる。
 本書が主とする目的はそれを論じることではないが、同博物館は結論を急ぎ過ぎた。コメの栽培を縄文時代にさかのぼらせるか、従来の「縄文後期」を「弥生早期」に変更するかという論議が成されなければならなかった。
 そのことはこれ以上、問わない。
 筆者がここで語りたいのは次のようなことである。
 第一に、短粒米(ジャポニカ種)の発祥地である中国江南地方との地理的関係を考えれば、有明海沿岸の一角に水稲耕作の技術を持つ人々が上陸し村落を形成していたとする同博物館の発表は、まったく無理がない。というより、わざわざ記者会見を開いて「発見」を報告するまでもなかった。
 第二に、水稲耕作の場合、まず種籾がなければならない。だけでなく、田を作る場所の選定、水の引き方、畦の作り方、水温の管理、病気や害虫の駆除、収穫の仕方、脱穀の方法、さらに調理の仕方など、技術と道具が伝わらなければならない。
 第三に――これが最も重要なのだが――、コメを食べるという習慣ないし思想、生活様式が伝わらなければならない。なるほど青森県にも紀元前7世紀にコメが存在したが、畦道によって区切られ、そこに用水が引かれた水田が津軽平野に出現するのは紀元前後なのである。九州島の西北端に発した弥生の文化が本州島の北端まで、約2000キロを行くのに1000年を要した。〔千年の時空〕の章で論じたこととやや重複するが、古代というのは何ごとにつけ、時間がゆったり流れていた。
 なぜか。
 要するに文化の伝播とは、人の移住だったからである。集落の拡大と家族の膨張で、分割・分家が起こり、独立した集団が新たな土地に水稲を営んだ。つまりは「世代」というものが、伝播に要する時間軸の単位だった。
 初期において、金属器や装飾品などは、大陸や半島から「完成品」がもたらされたに違いない。それが緩やかで少数の人の移動によったものか、それともある程度組織的な集団の移動であったかという疑問に対して、一定の解釈を与えるのは弥生式埋葬遺跡から発見された人骨である。
 その詳細な計測結果によれば、答えは後者ということになる。
 黄金の冠をかむり、青銅の剣や矛を備えた集団が上陸し、そこに住んでいた人々を駆逐し、独自の集落を作るようなこと――騎馬民族征服王朝説――は、いまだに有効であるかもしれない。そのうち銅や鉄の原材料を仕入れ、列島の中で鋳造するようになった。最初は「模造」であり、次に「模倣」が始まり、技術の習得とともに独自の技術で製造が始まる。

【補注】


弥生の編年 「弥生」の名は1884年に東京・弥生町(現東京大学構内)から有坂鉊蔵が文様が簡素でふっくらした形状の壷を発掘したことによる。その文様が山形紋であったことから、当初は「忠臣蔵」の異称があった。1919年に浜田耕作が初めて「土器編年」の考え方を提唱し、これを受け て1933年に森本六爾が刊行した『日本原始農業』で総合的な編年の基盤が固まった。
水稲耕作 国立歴史民俗博物館も前記発表に際して当然反論が予想されたため、「当博物館研究チームは水稲耕作の開始をもって弥生時代の始まりと考えている」とコメントしている。
生活遺跡 住居や集落など人々の生活の痕跡を残す遺跡。毎日の暮らしに使った土器や竈跡、貯蔵食料などが出土するばかりでなく、居住空間の広さから家族構成員数、住居の位置から集落における地位や機能、共同作業のありようなどを推測することができる。このほか遺跡には埋葬地、祭祀場、工房、農地などがある。
津軽平野の水田遺跡 バイパスの建設に前もって、1981・82年の両年にわたって青森県津軽地方の田舎舘村垂柳で総面積3968平方メートル、計656枚の弥生時代の水田跡が発掘された(垂柳遺跡)。水田はさらに広域に広がっていると推測され、現在は国指定史跡となっている。さらに1987年には弘前市砂沢で垂柳より300年以上古い時代に属する水田跡が発見され、紀元前後ごろにこの地で広く水稲耕作が営まれていたことが確定した。また北緯40度以北の寒冷地に耐えうる品種改良が行われていたことも類推されている。
遺跡出土人骨の測定 金関丈夫『弥生時代人』(『日本の考古学』第3巻〔弥生時代〕収録・1966・河出書房新社)。

タグ:稲作
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