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大日本帝国(3) [巻之四曙光]

 〈鉄道王ハリマン〉

 この暴動には明確な指導者がいなかった。
 政府は戦争の詳細な実情を秘匿し、勝利の部分だけを強調する報道しかさせなかった。民衆が「勝った、勝った」と浮かれ騒ぎ、提灯をかざして祝勝会を開いていたとき、実は旅順要塞に取り付いた乃木希典は死屍累々の苦戦を強いられていたのである。
 ともあれそのようなわけで、民衆は大勝利を信じていた。8万人に及ぶ戦死者、44万人の戦傷病者を出し、戦費を贖うために米を節約し、外国から7億円もの借金をして勝ち取った勝利であれば、ロシアから賠償金を取って当然ではないか――という、素朴な怒りが爆発した。
 もうひとつの余談は、ポーツマス条約締結後、アメリカ合衆国の鉄道王ハリマンが来日して桂首相に南満州鉄道の共同経営を提案した。南満州鉄道をシベリア鉄道につなげ、バルト海と結ぶ。そこからオリエント・エクスプレスを乗り継げばヨーロパへの道が開ける。
 ――さらにアメリカ東海岸を結ぶ世界一周鉄道を作ろう。
 というのである。
 この案に伊藤博文や井上馨は乗り気だった。
 ロシアは北満州に大軍を擁している。これをアメリカ合衆国の力で牽制する。桂はハリマンと共同経営の覚書を交わしたが、帰国した小村寿太郎は血相を変えて反対した。
 「一滴の血も流さなかったアメリカに、なぜ満鉄の権益を渡すのか」
 小村はすぐさま北京に飛び、日清条約に満州に第三国が資本投下することを阻止する条項を盛り込んだ。このために桂―ハリマン覚書は反故となり、これがきっかけとなってカリフォルニアで日本人の排斥運動が活発になった。またアメリカ連邦政府が日本を仮想敵とする戦略構想「オレンジ計画」を策定する引き金になった。
 話を日韓関係に戻すと、とまれポーツマス条約で大韓帝国の外交権が大日本帝国に移管することが決まったが、それは帝国主義を是とする欧米列強諸国の了解を取り付けただけの話であって、大韓帝国が承知したわけではなかった。
 1905年秋、枢密院議長・伊藤博文は大韓帝国を訪問して韓国皇帝・高宗に
 「我が政府、今や確定案として此の協約案を提出せるものなれば、寸毫も変改の余地なし」
 と告げた。
 さらに韓国駐留の日本陸軍司令官を伴って韓国政府閣議に出席し、大臣一人ひとりに条約締結の賛否を質した。2人の大臣が「絶対に否なり」と答え、外部大臣は黙し、他の4大臣はしぶしぶ同意を示した。
 果たしてこれが正当な二国間条約と認められるかどうか。
 この協約によって大日本帝国政府は大韓帝国の外交権を簒奪し、あまつさえ内政にまで口をはさむ韓国総監府を漢城(現ソウル市)に置くことになった。次いで1907年6月、オランダのハーグで開催された国際平和会議に韓国皇帝・高宗が特使を派遣して日韓協約の無効を訴えると、伊藤は皇帝の退位と軍隊の解体を断行した。このような横暴は現今とうてい許されることではあるまい。

【補注】


鉄道王ハリマン Edward Henry Harriman/1848~1909。ワイオミング州に産出する石炭を輸送するためユニオン・パシフィック鉄道を建設し、これがきっかけとなって軍および連邦政府に接近した。のちカリフォルニア州で採れる野菜や果物を冷蔵して東海岸に輸送する方法を編み出し、莫大な財を成した。ハリマンは投資銀行ブラウン・ブラザーズ・ハリマンを設立したのち国務長官に抜擢され、共和党政権を支えることになる。
小村寿太郎 こむら・じゅたろう/1855~1911。日向国(宮崎県)飫肥に生まれ、開成学校を出てハーバード大学に留学した。1880年帰国し司法省に入り大審院判事。1893年外相陸奥宗光に抜擢され清国公使館一等書記官、1894年日清戦争のとき政務局長、1895年駐朝鮮弁理公使、1896年外務次官、1898年駐米公使、1900年駐露公使、1901年外相となり、1904年日露戦争に伴う一連の外交を一手に収めた。駐英大使ののち1908年から再び外相に就任し日露協約、韓国併合などを手がけた。
日清条約 正式名称は「満州に関する日清条約批准の件並に附属協約」。満州におけるロシア資産を大日本帝国に移管するについて、その方法や移管後の措置などを清王朝と日本との間で取り決めた。
オレンジ計画 1904年からアメリカ連邦政府は総合戦略「カラープラン」の策定に入っていた。この戦略でイギリスは赤、ドイツは黒、メキシコは緑、日本はオレンジ色で示された。したがってオレンジ計画はカラープランの一環であって、かつ当時のアメリカ合衆国にとって最大の仮想敵はイギリス、ドイツだった。
高宗 コ・ジョン/1852~1919。1863年朝鮮王朝第26代国王に即位し、大韓帝国となった1897年、「高宗光武皇帝」を称した。

タグ:富国強兵
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