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水品と岩田(1) [卷之五靉靆]

 〈モダン・ビジネス〉

 この時期にコンピューティング・タビュレーティング・レコーディング(CTR)社の代理店となった森村商事に、勝算があったかというと、おそらくなかったであろう。日本陶器の社長・大倉和親、取締役・加藤理三郎の強い要望に何とかこたえようとし、そして七代目市左衛門は、間違いなく需要が顕在化すると信じていた。 ただし、森村商事の内部には、CTR社の代理店になったことを歓迎しない空気があった。既存の主力事業である生糸と陶器の輸出で十分な利益が確保できるのに、なぜわけの分からない計算機などを扱うのか、という意見である。
 この意見には、入社したばかりの水品浩という青年への反感も含まれていた。
 ――社長に取り入る青二才。
 といった感情であった。
 結果として、ホレリス式統計会計機械装置の輸入販売は、社長である七代目森村開作が直接指揮を取る特命プロジェクトの色彩が強かった。
 水品浩は、1895(明治二十八)に神奈川県の横須賀に生まれた。父・貞四郎は横須賀鎮守府の会計書記を務めていた。水品は父のあとを継いで海軍を志したが、極度の近視であったため海軍兵学校をあきらめざるを得なかった。旧制中学卒業とともに、貿易に従事することを望んで森村商事に職を求めた。ちなみに「浩」は〔こう〕と読むのが正しい。
 入社して6年目、森村商事のアメリカの現地法人であるモリムラ・ブラザーズ・カンパニーに駐在員として派遣された。森村開作は水品が勤勉であるばかりか、ニューヨークでも夜学に通って英語を学ぶなど向学心に富み、かつ優秀な頭脳の持ち主であることを理解して、破格の人事をもって処遇した。このとき水品は、渡航の船が2等船室であることを知って、森村開作から500円の大金を前借りしている。
 「はじめから2等船室では、アメリカでの仕事がおぼつかぬではありませんか」
 というのが理由だった。たかだか25歳の青年が抱く大志を可として、500円という大金を拠出した七代目も、たしかに人物であった。
 水品は本社の要請を受けて、日本陶器のためにアメリカにおけるパンチカード型統計会計機械装置について事前調査を行った。その結果、CTR社のホレリス式に魅力を覚えていた。パワーズ式も有力な候補だったが、すでに三井物産がパワーズ社と東洋総代理店契約を結んでいたこと、ホレリス式が電気式であることなどが理由だった。
 また水品はフレデリック・テーラーが提唱した科学的経営管理法「テーラー・システム」の解説書『モダン・ビジネス』全24巻(ハミルトン・インスティチュート社刊)を熟読していた。彼はそれを通じてビジネス英語を学ぶとともに、計数的な分析と機械化による企業経営の合理化手法を理解していった。
 「どうせ英語を学ぶなら、電話で喧嘩ができるほどになりたい」
 と希望した水品は、アメリカ人の家に下宿し、夜学に通って経営学や会計学などを習得している。大学の夢を捨ててもなお夜学に通って大成したフレデリック・テーラーに共感するところがあったのであろう。同書は水品が帰国した際に大切に持ち帰り、現在も水品家に残っている。


【補注】


水品 浩 みずしな・こう/第二次大戦前、日本ワットソン統計会計機械の第二代社長に就任したが対米開戦と同時に逮捕され、釈放ののち三重県伊勢にあった神戸製鋼の工場で計算機の整備や修理を命じられた。第二次大戦後、日本IBMの第2代社長となった。
三井物産の東洋総代理店契約 三井物産の吉澤審三郎は、パワーズ社に続いてCTR社とも同様の契約を結ぶ交渉を続けていた。しかしCTR社のレンタル制度が妥結のネックとなった。
テーラー・システム フレデリック・テーラーが編み出した科学的経営管理手法で、課業管理、計画機構、職能的管理組織、統制システムなどを組織的・計画的に展開する一方、労使協調の管理論を唱えた。水品がニューヨークに赴任した当時、アメリカで最新の経営手法として脚光を浴びていた。
 フレデリック・テーラーは法学を志してハーバード大学に入ったが、目の病のため学業をあきらめて鉄鋼所の工員になったという志学の人である。機械工、組長、職長、保全職長、設計室長、技師長を経るまでの間、夜学で大学を卒業した。のちベツレヘム鉄鋼所の顧問などを歴任し、独自に編み出したのが「テーラー・システム」である。 日本では大正デモクラシーによる労働運動の高まりに適応する経営手法として取り上げられ、第二次大戦後の日本の産業界における労使協調を基盤ともなった。日本陶器がホレリス式統計会計機械装置と同時に導入して業務改善に活用したのは、早いケースである。
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